モーツァルトは「ポッペーアの戴冠」を見た!?


 

 176911月、13歳のモーツァルトは、父レオポルトに連れられて初めて本場のイタリア・オペラを体験した。この父子の旅行は大小さまざまな都市を巡り(最南はナポリまで)、なんと1年半も続けられ、71年の春にようやくザルツブルクに帰着。モーツァルトは、17歳になるまでさらに2回のイタリア旅行をしている。

 やはり注目すべきは最初の旅行であろう。1771年の2月には謝肉祭のヴェネツィアを訪れ、ここで約1ヶ月遊興に浸っている。各地で活発にオペラを見聞し、自らのオペラ作品の作曲に手をつけはじめたのもこの頃である。
    さて、モーツァルトがイタリア滞在中、このヴェネツィアかあるいはその他の都市で刺激的な「ポッペーアの戴冠」の実演に接し、多大な影響を受けたことは想像に難くない。モーツァルトの一生を決定する出来事に遭遇したと言っても過言では無いと思う。というのは、「ポッペーアの戴冠」を見ていると、度々モーツァルトのオペラの
1シーンが重なってくるからだ。

「フィガロの結婚」に登場するご存知ケルビーノの存在は、まさにヴァレット(小姓)としてすでにこのオペラに登場。オペラに厚みと楽しみを与えている。アルナルタやナトリーチェ(乳母)の存在も、「フィガロの結婚」の脇役陣マルチェリーナやバジリオたちを連想させる。さて、かわって「ドン・ジョヴァンニ」の幕開けを思い出していただこう。ドンナ・アンナの部屋へ忍び込んだドン・ジョヴァンニの姿である。これは「ポッペーアの戴冠」プロローグ後、まさにポッペーアと情事を楽しむネローネそのものではないだろうか!そして、騎士長(石像)の存在はセーネカを思わせる。「魔笛」はどうだろうか。プロローグの「運」、「徳」、「愛」が歌うシーンは、「魔笛」の冒頭、3人の婦人たちを思い起こさせずにはいられない。続くオットーネの登場はタミーノのイメージを持っているし、こうなるとオッターヴィアは夜の女王、セーネカはザラストロに思えて仕方がない。捕まってしまうドルシッラは、そう、パミーナではないか!

 単なるこじつけと思われる方もいるだろうし、いやいや、確かにそう言えばそうだと感じる方もいよう。ともあれ、少なくともモンテヴェルディのオペラを知ることは、このようにモーツァルトのオペラの楽しみ方さえ倍加させることは間違いないと思う。モンテヴェルディとモーツァルト。二人の天才の技に、ただただ歓喜するばかりである。

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