アーティスト・インタヴュー
グスタフ・レオンハルト

(このインタヴューは、1999年10月と2001年12月に来日された際に、弊社でインタヴューし、会報誌「トゥッティ」に掲載したものを再編集したものです。)

Q:演奏家として歩まれてきた1950年から現在までは古楽復興の歴史そのものですが、活動の当初は現在のような状況を想像できましたか。

レオンハルト
(以下、Lと略します):いいえ、考えていませんでした。私は音楽に関心があり、新しい発見と、発見の結果に強い関心がありました。ただ、自分の将来とかこの仕事が将来どうなるかといったことは考えていませんでしたが、根本的に大きく前進したと思います。そして今も前進を続けています。


Q:なぜ、ピリオド楽器での演奏が望まれるようになったと思いますか。

L:楽器(インストルメント)は文字通り道具(インストルメント)にほかなりません。楽器は作曲家の表現形態と無関係に存在します。作曲家はそこにどんな音があるかを知っていました。音を使わなければ音楽を作ることはできません。ですから音はとても大事なのです。そして特別な種類の音も。音と楽譜に書かれたものとを切り離すことはできません。ところが19世紀の人々はこのことがわかっていなかった。彼らは好き勝手に楽譜を変えてしまったのです。私たちはこのこと(音と楽譜とは切り離せないということ)を考えるようになりました。当然、その時代、その国の楽器というものがあります。最初のころ、チェンバロは古楽に適していて、ピアノは適さない、だからどんなチェンバロでもよいと考えられていた。しかし今は、16世紀のイタリアの楽器があり、フランスの楽器があり、スカンディナヴィアの楽器があることがわかっています。時代によって、国によって、違う楽器があり、材料も作り方も違います。


Q:当時まだ一般的に無名だったと思われる作曲家、たとえばフォルクレ、デュフリ、ヴェックマンなどの市販の楽譜はあったのですか。

L:いいえ。とても少ないです。手稿(early manuscript)から自分で書き写していました。


Q:手稿譜はどこで見つけるのですか。

L:記事としてどこかに出ているのを見つけたり、図書館で見て探しにいったり…。クープラン、バッハの楽譜はすでに出版されていました。しかし、その楽譜が良いものであるとは限らなかったので、自分で研究しなおしていく必要がありました。作曲家の最終的な校正の入った楽譜は、誰も知らないわけです。知らない間に書き直していることもあるかもしれません。それをきっとこうだろうと考えながら、創りあげていきました。今夜、フローベルガーを演奏しますね。フローベルガーの楽譜のコピーはあるのですが、間違いだらけです。それをこうだろうと自分で校訂したものを、今夜弾きます。
(レオンハルトが演奏活動を続けるのは、日々の研究の成果を定期的に発表するためともいわれています)


Q:ジャック・デュフリという作曲家がいますが、彼の作品はどのように見つけたのですか。

*Jacques Duphly(1715-89):フランスのチェンバロ奏者・オルガニスト。レオンハルトによると、デュフリは最初、オルガンから始めてオルガンしか弾かなかったそうです。ルーアンからパリに移住してチェンバロもやらないといけない状況になり、その頃はオルガンを捨てチェンバロの曲を書いて自費出版してご婦人方に一日中、毎日毎日レッスンをしていたのだそうです。


L:名前は知っていました。25年前、楽譜が出版されたとき、一度に100人くらいの人々が買い求めました。私もその時にレコードを録音したと思います。天才ではないけれど語りかけてくるものがあり、美しいチェンバロ音楽です。


Q:少年の頃に音楽とは別の夢はありましたか。

L:いや、ないですね。まったく。音楽だけ。ピアノとチェロは弾いていました。チェンバロはあまり状態の良くない楽器が家にあってね…。両親は音楽家ではありません。ビジネスマンでした。


Q:チェンバロという楽器は、伝統が受け継がれなくなった時期があると思いますが、チェンバロ本来の弾き方をどのように身につけられたのですか。

L:チェンバロの伝統は、一度は全く消えました。どんな楽器でもその奏法を復興してきた人々は、非常に困難な作業を克服してきました。しかし、その楽器に親しんで、知ることによって、自然とその楽器にふさわしい奏法を知ることができるようになるのです。


Q:コンサートで演奏する時はどのような精神状態になりますか。

L:「音楽」のことだけ。知性に頼るのはよくない。どんな曲でも偉大な曲からはインスピレーションをあたえられるものだよ。


Q:コンサートの時の楽譜は、どのような意味をもちますか。

L:楽譜(音符、音)は記憶しています。しかし、記憶にたよることは、危険を伴います。19世紀に暗譜をすることが流行しましたが、感心しません。演奏家が作曲家を無視して楽譜に従わないということは、とても危険なことなのです。(---力説されていました。楽譜はすべてご自身による手書き譜を使用されています。)


Q:年間に何回ぐらいの演奏会をしますか。

L:120,30回です。 何回かまとめて演奏して、まとまった休みをとります。


Q:ドライヴ、ワイン、お好きですよね。

L:好きだけれど、夢を追うものではないね。夢を感じるのは、やはり音楽、美術、建築などだね。


Q:ところでバッハ時代の男性は鬘(かつら)をかぶっていましたね。

(映画「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」でコスチューム・プレイをしていたレオンハルト先生に鬘についての印象を聞いてみました…)

L:髪の毛はほとんどなかった。 髪を剃ってしまったのです….。それから….大きな鬘。


Q:男性が、ですよ。我々には理解できませんね。ファッションだったのでしょうか。

L:ただのファッションです。1675年頃から始まった。多分、フランスで。長い髪の鬘が流行り、みんなが鬘をつけた。しかしバッハの時代、鬘は短くなった。バッハは実は鬘をかぶらなかったんだよ。若いときはかぶっていたかもしれないけれど。


Q:典型的な上流社会ですか。

L:そうです。以前はグレーだったけれど、だんだん色が濃くなった。18世紀になると、モーツァルト。彼はとても小さい鬘をかぶっていました。いつもではないけどね。


Q:指揮するときとか?

L:いや。街で。 ロマンティシズムの自然な香り、自然さが好まれるようになった。しかし、家で鬘はかぶらなかった。家では小さい帽子をかぶっていた。髪の毛がないから、みっともないでしょ。だから。で、髪を剃って坊主頭にするのが流行った。ヘンデルなんか、頭をつるつるにしていた。


Q:そういえばヘンデルは演奏なさいませんが。

L:しませんね。簡単には説明できませんが。


Q:モンテヴェルディはどうですか。

L:好きですよ。


Q:どのオペラが好きですか。 オルフェーオ、ウリッセの帰還、ポッペーアの戴冠…。

L:それぞれ非常に違った作品です。「ポッペーアの戴冠」はすばらしい。ただ、おそらく全体の4分の1はモンテヴェルディ自身の作曲ではなく、後から書き換えられたのです。オットーネはおそらくすべての部分が、モンテヴェルディ以外の人によって書かれたものでしょう。このオペラはたぶん後になって演奏されたのでしょう。その際、オットーネ役の歌手がよくなかった。そこで作曲家は、たぶんフェラーリが、あるいはカヴァッリが――そこのところははっきりしませんが――その歌手のために書き直したのです。オットーネを。


Q:オットーネだけですね?

L:そうです。それからまた、最後の二重唱も、モンテヴェルディの作曲ではなく、ベネデット・フェラーリの作です。美しい曲だ。


Q:フェラーリはモンテヴェルディの弟子ですよね? カヴァッリも。

L:その通りです。それでも、これはすばらしいオペラですよ。


Q:モンテヴェルディのオペラを指揮されたことはありますか。

L:はい、一度。「ポッペーアの戴冠」をね。チェンバロも弾きました。この作品は大編成のオーケストラではだめです。大きなコンティヌオです。チェンバロ2台、キタローネ、テオルボ、ハープ。そして小さいリトルネッリ(リトルネッロの複数形)には、ヴァイオリン3台だけ。
モンテヴェルディの演奏のために支払われた勘定書きが保存されていますが、歌手はとても高い。ソロパートが非常に多かった。オーケストラはなし。お金はすべて歌手に使われた。それがカヴァッリ以前のヴェネツィア・オペラです。


Q:世界中でたくさんの学生がチェンバロを勉強していますが、オルガンも勉強した方がいいと思いますか。

L:思います。実は同じ指使いなんですよ。それに、楽譜も。オルガン用の曲かチェンバロ用の曲か、わからないものが多い。たとえば、パッヘルベルのチェンバロ曲を聴くと、オルガンの場合とまったく同じように弾いている。つまり、完璧なコンビネーションです。それから、チェンバロを弾く人は古い時代のオルガンがどうだったかを考えなくてはなりません。現代のオルガン、ロマン派時代のオルガンではなく。歴史的にそうなっていたのですから。この時代、チェンバロ奏者はオルガンも演奏しました。この完璧なコンビネーションは、現代にも通じます。


Q:ところで音律(temperament)はどのように決めていらっしゃいますか。

L:各曲は全体のコンセプトに基づいています。今夜のコンサートで、私は一つの妥協的な音律をとりました。どの曲にもぴったり当てはまるわけではありません。レコーディングをするとき、百パーセント正確な音律をとることができますが、実のところ、作曲家がどう考えていたかがわからないことが多いのです。例えば、ルイ・クープランですが、ほとんどの曲は、多分、中全音律(ミーントーン・テンペラメント)でしょう。つまりノーマルなのです。でも、これだけしかなかったわけではありません。ルイ・クープランらしくない曲もあります。ルイ・クープランがどう考えていたか、私にはわかりません。だれにもわかりません。
さて、例えば、今夜、私ルイ・クープランからバッハまでを演奏しました。シュティルン(?)平均律です。私は混合音律を作りました。この音律はもしかすると1720年頃に存在したかもしれません。混合です。だから、調が合っていれば美しい。別の調はひどい。ヘ短調は、特にね。けれども、おそらくそれが作曲家の意図したところだったのかもしれません。よくはわからないけど。わからないことがたくさんあります。これからだってわからないでしょう。一般にあの時代のものは。これは可能だ、これは不可能だ、と。あるいは二つとも可能かもしれない。わかりませんよ。
チェンバロは音律を簡単に変えられます。ところがオルガンは、最初に決めなければならない。だから、16世紀、17世紀、18世紀には決めていました。しかしオルガンの場合、ほとんどの音律は19世紀と20世紀に変えて、簡単な音律にしてしまいました。よく知りもしないで。こんにち、古いオルガンを修復するとき、よく見るとわかりますが、もとの音律を見つける努力をします。もとの音律が見つかることが多いですが、見つからないこともあります。その場合、同じ国、同じ時代の別のオルガンと比較しながら、音律がどうなっているかを見ます。こうすればオルガンの古い音律を甦らせることができます。音律を決めなくてはならないのですから。これは複雑である場合が多い。ところがチェンバロの場合、10分あれば変えられる。それだから、多くのオルガンは、特に17世紀のオルガンは、上のキー、シャープ・キーがダブルになっています。二つに分かれているのです。Fがあり、F♯がある。そしてここがG、G♭。ダブルです。


Q:日本では、J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集(原語でDas wohltemperierte Klavier:本来はほどよくずらしているの意味)をequal temperament(等分平均律)と翻訳しているのですが、実際のところはどうなのでしょうか。

L:必ずしもequal(等分)でなくてもかまいません。Wohltemperierteは…..、等分平均律である場合もありますが、混合平均律になることもあります。たとえば、バッハの弟子のキルンベルガーがのちにこの作品を出版したのです。彼はバッハの弟子だったことを誇っていました。彼はこう言いました。「バッハのチェンバロの調律のしかたは不等分だ。等分平均律なんかじゃない。」別の弟子のスホーゲも、やはりワンセットを出版しましたが、彼が言うには、「私はバッハから、等分に調律しなさいと教えられた。」こんなふうに、誰もかれも、「私はバッハからこう習った」、「ああだ」、「こうだ」と主張しました。本当のところはどうなんでしょうね。そもそもwohltemperierteというタイトルがどういう意味なのかわからないのです。


Q:浜松の楽器博物館ではチェンバロのキー(ピアノでいう黒鍵部分)が二つに分かれているのを見て、驚きました。

L:そうです。上のキーが分かれている。これは純正な音程が得られるようにするためです。そしてこの場合おそらく、中全音律の上品さが意図されたのでしょう。中全音律は厳格に固定されていて、調整することができません。けれども長3度が純正ですから、音が非常に美しいのです。これは非常に重要なことです。そしてハーモニーが美しい。ハ長調のコードは純正、いや、3度だけが純正なんだ。だけど、とても力強い。彼らはこの純正3度を得ようとしました。可能なところでは必ず、キーを分割したのです。B、D#、これは3度です。D#はE♭より低い。そしてE♭とGも純正です。E♭は―ここでも分割されていますね―D#よりも高い。
オルガンにもたくさんの分割キー(split keys)があります。だから特別な部分は、ピッチの差が非常に小さい。


Q:先生のチェンバロの演奏を聴いていると、右手と左手の音を微妙にずらす入り方が、とても素敵です。

L:さあ、どうかなあ。テイストですよ。イマジネーション。どんな響きが好きかということです(パー、パアー、パーアン。歌ってみせる)。 楽譜に書いてあるわけではない。フォルクレだけは事細かに書いていますがね。左手が先、あるいは右手が先、低音が後、云々と。何から何まで指定されている。フォルクレはとても面白い。また、どれほどデリケートか、ラッフィナート(イタリア語で「洗練されている、凝っている」)かも。


Q:先生のレパートリーに様々な作曲家の「ファンタジー(またはファンタジア)」がいくつもありますが、17-18世紀の時代の「ファンタジー」とはいったい何でしょうか。

L:形と表現は自分の精神から出てくるものです。ガヴォットはこうで、メヌエットはこうで、フーガはこうで、と。17世紀には、ベルリオーズが言っているような意味での「ファンタスティック」である必要はありません。ファンタジーというのはインベンション(=創造行為)、自分のイマジネーションなのです。19世紀とは違います。
17世紀のファンタジアはポリフォニックです。フーガなのです。とても不思議だ。ただし、創造されたテーマのフーガであって、ポリフォニーを構成するのはメロディでもなければ、グレゴリオ聖歌でも、コラールでもない。ポリフォニーなのです。テーマは創造されるのです。だからファンタジアという名前で呼ばれるわけです。そしてポリフォニックというのは実はフーガなのです。だから、スウェーリンクやシャイトでは、またフローベルガーでさえも、ファンタジアは非常に厳密です。何一つ動かせません。反対に、ルールにきちっと従っていて、規則的です。ファンタジーなんてどこにもない。テーマが創造(invent)されるという事実を除けば。与えられたものでも、わかっているものでもない。
18世紀には、非常に混同されています。18世紀の変化はわからない。ファンタジアという用語は今なお、非常に正確なポリフォニーの意味で使われています。しかしまた、フーガを伴わない、ポリフォニックでないインベンションもあります。このように混同されています。18世紀には、ファンタジアという用語が何を意味するか知られていなかったのです。


Q:ヨーロッパで特にお好きなオルガンはありますか?

L:たくさんありすぎるぐらいですよ。いや、実を言うと、それぞれ非常に違っているのです。イタリア、スペイン、フランス、オランダ。違いすぎるほどです。だから好きなオルガンはたくさんあるのです。


Q:今でもオルガンでレコーディングをなさっていますか?

L:していますよ。つい最近ボルドーでレコーディングをしてきました。


Q:昨晩(静岡公演)は3段でしたね。

L:そうそう。ボルドーのオルガンは5段。18世紀の楽器で、とても大きい。


Q:オルガンの歴史はまさにヨーロッパ文化ですね。

L:そうですとも。だって、ヨーロッパで生まれたんですから。本当ですよ。南米にも古いオルガンは保存されています。スペイン・タイプの。もちろんポルトガル・タイプもあります。古いオルガンはたくさん保存されていますよ。


Q:17世紀のオランダの黄金期とバロックの隆盛、そして現代におけるバロック復興の先進国としての役割には関連があるのでしょうか。

L:貿易でオランダが金銭を稼ぐようになってきたということは、学問を生み出すわけではないけれど、学問を助けることはできました。昔は裕福な人が音楽などをやったものですが、今はお金があるからといって音楽をやるわけではありません。私たちは音楽をやる意志があるからやっているのです。

 
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