レオンハルトと調律
                                    東京古典楽器センター 佐藤俊二

会員情報誌「トゥッティ」第12号より掲載。
グスタフ・レオンハルト氏が来日された際に、いつも調律を担当してくださっている東京古典楽器センター、佐藤俊二氏による文章です。
(1996年来日時)


今回もグスタフ・レオンハルト氏には、大変すばらしい演奏を聴かせていただきました。
私は、前回来日時と同様、楽器調整の機会をあたえられ、東京・京都・水戸と、とても貴重な時間を得ることが出来ました。今回特に、レオンハルト氏の調律の様子を間近に拝見し、今までの調律経験に全く無い新しい衝撃を感じました。


♪なぜ調律をしなくてはいけないのか?
 これは、チェンバロやピアノなどの鍵盤楽器のような、音程を固定して(または定められた音程で)音楽をすることを余儀なくされている楽器の宿命なのです。そしてピタゴラスの時代より、今日のピアノ主流の時代になっても、解決不能ともいうべき難問なのです。本来音階は自然であるべきなのですが、数学的に無理やり12音にはめ込んでいるため、自然にならないのです。そこで、何がしかの作為(音程を故意に、ほんの少し高めや低めにずらすこと)をしなければならないのです。


♪自然な音階とは? 自然なハーモニーとは?
 協和する音程とは、ピタゴラスによって発見された「濁り」の生じない振動数比になることです。それを使って、1オクターヴ12音にあてはめられれば、全く問題はないのですが、どうしても許されない程の“ずれ”(これをピタゴラス・コンマという)が出てしまいます。現代のピアノでは平均律といって、約150年前からこのずれを全ての音に12分均等に、理想的な音からずらすことにより解消しようとした1つの方法があります。最も真正で、音階的な音律方法とは何かと言うのは、千年以上にわたり、色々な人を悩ませ続けてきました。純協和音程とは、3度、4度、5度音程などが整数比で出来ていることではないか、それがどの音を基音としても同じく新たな3度、4度、5度が整数比となれば全く問題はないのであるが、結果はピタゴラス・コンマのずれがどうしても出来てしまうため、何らかの妥協が必要となります。

 先人のある者は1オクターヴに55音必要であるとし、別なある者は19音で良いとか、いろいろ工夫が行なわれてきました。その結果、楽器にその数のキーを付けなければならず、楽器の構造や演奏の難しさがあり、諦められました。ピタゴラスが1オクターヴは1:2、5度が2:3、4度が3:4であることを発見し、キタラなどの調律はこの方法により行なわれました。この方法では長3度に無理があるのですが、その時代では4度、5度を使い、3度は全く無視していたので問題はなかったのです。ルネサンス時代になると、長3度を使う3和音を美しくすることが求められ、4度、5度をかろうじて許される程度のずれ(濁り)を作ることにより可能な方法がとられる様になりました。これが中全音律(ミーン・トーン)です。この方法の最大の難点は、どこか1カ所の5度(または4度)に非常に大きなずれのしわよせが出来てしまうことです。このことをウルフといいます。このウルフをまたがる和音は全く使いものにならないので、これを避けて演奏したと思われます。それがさらにバロック時代に入り、17世紀末にはもっと複雑なハーモニーや、調を変える音楽の要求が生まれ、ウルフを出さない方法がとられる様になります。これは5度に少しのずれを作ったり純正な5度にしたりと、全体的に不均等にする方法です。その結果ウルフが生まれず、全ての調での音楽が史上初めて可能になりました。また、それぞれの調の「ひびき」が微妙に変わり、特徴的な各調の「ひびき」が生まれることとなりました。つまり調性があるということです。この音律(調律法)で代表的なのがヴェルクマイスターL法、キルンベルガーL法、ヤングK、ヴァロッティ等です。

 レオンハルト氏の調律にもどりますが、演奏会の時はほとんどの場合、1台の楽器で演奏されます。その日のプログラムを1つの音律で賄うことは、それぞれの曲の地域、時代に合わせる必要があるため、大変重要な問題です。これまでにいろいろなコンサートに携わってきましたが、1つの音律を決めることにはいつも悩まされています。あるとき、レオンハルト氏に尋ねました。
「今日の音律は何の方法でされたのでしょうか。」
すると、こんな返事が返ってきました。
「ファンタジーです。」
 つまり、某音律ではなく、その日その日の曲に合った、曲のイメージ通りの調性を作るための調律を行なっていたのです。東京公演の3日間は全く違うプログラムですから、毎日少しずつ違っていたのです。また、日によっては休憩時でも変更することがありました。その調性感はレオンハルト氏の頭の内のものですから、自分自身で調律することにより作り出していたのです。ある方がレオンハルト氏は調律がうまくないといったと聞きましたが、レオンハルト氏の調律は、みんなが良く知っているベルクマイスターやキルンベルガーなどの音律ではなく、彼独特の方法なのです。良く知られている音律のどれにもあてはまらないので「ヘタだ」と決めつけているのではないでしょうか。それは全くの誤りです。もっと複雑でもっと繊細、微妙なレオンハルト氏独自の音律なのです。いいえ、音律とはいえないのかもしれません。ご自身の内部より生まれている音楽そのものだと思います。調律もレオンハルト氏の宇宙の一部だと思います。

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